<北の大地>のこの時候に・・・

辟易すればするほど海好きのひとりとしては、陽光まぶしい伊豆半島は下田あたりで太平洋をのんびり眺めていたいものです。

そんな下田、1855年に国境線をいわゆる北方領土より北に位置する得撫島(ウルップ島)との間に引く「日露通好条約」(下田条約)の調印舞台で関心の有無はさておき、日ロ外交史をきざんだ貿易港でもあります。

10年以上も前から大統領だったプーチン氏が下田でのちぎりを起点にすれば160年近くが過ぎようとするいまなぜ、以降1世紀あまりを経たのちの「日ソ共同宣言」に明記した歯舞・色丹2島の引き渡しの有効性を再確認すべき重要文書「イルクーツク声明」にあえて会談で言及しない意図をさぐってこそ、平和時の健全な首脳外交の起点でしょうが。

王制支配にうっくつの民びとが少なくないサウジアラビアとUAE(アラブ首長国連邦)へ歴訪を続けた安倍さん、よりによっての原子力発電のトップ・セールスをいつどういう形で広くあまねくの自国民にマニフェストされておられましたか、ぜひ、このブログ宛てにお示しいただくと幸いです。

カテゴリー: 中村美彦のどさんこ元気塾 パーマリンク

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です