68回を数える「終戦記念日」に思いを寄せると・・

みずからのようないわゆる戦前派(1941年師走の真珠湾攻撃前月に生まれて~)には、そも開戦につながった経緯にさかのぼっての母国の姿かたちに言及しなくてはいけなくなる。
当時の政(まつりごと)の帰趨をにぎっていてのはどなたか、そして平和主義をとなえていた向きは皆無だったのか、いやそうでもあるまいに戦火へいざなわれたのはなぜか、なにより国民・市井の声は「鬼畜米英!」だけに収れんされていたとは決して思いがたい。
年々歳々、重く心の澱と化した傷痕(「きずあと」、同世代の現副総理お得意の表現「しょうせき」とは相容れず)に、週明け早々のラジオ生放送で少し触れてみるつもり。

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