追慕・野中広務さん

狭い仕事場の机にいつも、2003年12月20日 に文藝春秋発刊の「老兵は死なず」(野中広務 全回顧録)があり、訃報を知った昨夜も、墨跡鮮やかな「真実一路」の添え書きと落款にしばし視線を移してしまっている。
黄泉に旅立たれた数多の御仁でなら、政(まつりごと)の師は後藤田正晴さんと言い切れる厚顔無恥の私だが、それもこれも野中さんはご存命という安堵感を覚えての前提に成り立ってきた。
きょうは、難しい話題は避けよう。
いつでも謦咳に触れれると高をくくりながらJR京都駅を乗り降りするたびに、野中さんの郷里・園部へ向かいたい思いに正直、駆られ続けた。
東京下町生まれで育ちの私は、なかなか関西風の鮨には馴染めないものの、同窓先達の筑紫哲也さんも味と器(確か概ね魯山人が作陶)に惚れ通ったらしい野中翁御用達の京都市内の老舗寿司処には想いが尽きそうにない。
カウンター横の瀬戸内寂聴さんの色紙もさり気なく雰囲気に加勢で、忘れ難いままでいれる。

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