日本の中のアメリカ

「日本の中にあるアメリカ(いいえ、アメリカの中にある日本)を見て来る!」
パスポートをたずさえ降り立った旧・那覇空港は異国の1丁目1番地、沖縄復帰(いいえ、アメリカは沖縄返還と言い続けて)の1年前の1971年5月で、晩秋が訪れれば30歳を刻むにあと半年を要しました。
当時「日本との平和条約(サンフランシスコ平和条約)」の発効からほぼ20年近くを経ていたものの、体裁だけ整えた(いいえ、お仕着せで整えさせられた)「琉球政府」の存在を措ければ施政権を手放していないアメリカの全面統治下に蟻の入りこめる隙さえ見当たらなかった記憶がいまも鮮烈によみがえってきます。
生前の筑紫哲也さんといくどとなく語り合った戦争の虚しさへのあふれる慙愧と人間らしい自制心とは何か、が脳裏をよぎり離れない昨今です。
3週目を重ねた昨日午後のラジオ生放送では、平和と称するのをあえて避け、サンフランシスコ講話条約うんぬんも併せ沖縄に偏在の米軍基地にいくぶんスポットを当ててみました。
ところでみなさん、この国っていまほんとうに平和でしょうか、いかが?
来週もこのブログでお会いさせてください。

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