小学校の卒業式が人生の入学式になった理由

1941年11月生まれなので、真珠湾奇襲前のりっぱな戦前派にカウントされてきた。
小学校入学時のクラスの記念写真には、軍服を手直ししたかの装いの初老担任教諭のかすかなほほえみが残されている。
新担任にぶじ繋げる充足感と、あたかも以降の国や幼い教え子の安寧を祈るかのように。
その後の5年間は、クラス替えもなく、まだ若いが鷹揚な育ちぶりが父兄にも慮れる「兄貴分」の担任に恵まれた。
彼は、みずからの児童を一貫して「君」と「さん」で呼び続け、ついにクラス全員が小さい胸を悩ます卒業式当日がやって来た。
各自をそれぞれ起立させる担任による呼び出しは、校内の伝統に沿ってか呼び捨てに決まっていたからだ。
みごとに呼び捨てられ、しっかり立ち上がった総員をともない教室へ戻ったら、何ごともなかったかのように「君」と「さん」の復活だ。
安倍流の教育システムをここで、闇雲にうんぬんはしない。
体感がかなった分別の尊さと矜持の在り様、信頼関係で築ける教育はいつどこにでも生まれ、育つ。
新たな入学は、とわに続けていける。

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