倉本聰さんと「優しい時間」を過ごした・・

富良野のアトリエの17日の深更と翌18日の午前を振りかえれば、<怒り>の共有に尽きます。
8月半ば前に少数精鋭の手勢を率いて富良野で公演の「夜想曲ーノクターン」、全編を貫く作者の主張はピアノの詩人・ショパンのノクターン第20番<遺作>でつむがれ、観客の心に堆積しゆさぶり続けるはずです。
ノクターンは単純な鎮魂にとどまることを蔑みながらまた、モーツアルトのレクイエムがたどり着く領域にあって水魚の交わりかもしれません。
痛切な憤怒が、不作為の作為に満ちたこの国のあらゆる権力者とその組織やシステムを鞭打つでしょう。
7/21(日)早朝にTVhで全道向けに放送の「~臥竜清談」収録を終え、紫煙をくゆらせながら呟く「いつか教育の荒廃をテーマに語り合いたいな」が、脳裏を駆ける日々です。

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