ワイツゼッカー死去・邦人人質殺害・日本国憲法

1985年5月に当時の西ドイツ大統領だったワイツゼッカー氏は、自国の敗戦からの「荒れ野の40年」を総括する歴史上に名高い演説をおこなっている。
「過去に目を閉ざす者は、現在にも盲目になる」と説き、戦争責任を直視し続ける国民性の喚起をうながした。
近代の戦渦は総じて、大国が政治的意図の手段に用いてきた。
「南北ベトナム人が死に絶えても、ベトナム戦争は止まない」と揶揄されたベトナム戦争以降、あらゆる戦争や紛争に<世界の警察官>を声高に自認だったアメリカは介在し、その多くは燎原の炎を鎮めさせもせず退路に目を向けてしまってもいる。
建国以来、軍需産業が経済構造の重石を為していれば、それも道理だろうが、国際社会、とくに「世界の火薬庫」と称される中近東地域は宗教も混在し、たまりはしない。
「先ず人間がいて、自らを守るために国家を作りあげる」、そんな国民と国家の本質的な係わりようを直視できなくなると邦人人質殺害にいたる痛ましい事象が惹起されて来る。
憎しみは往々にして独占したい多岐な愛と半ばし、微妙きわまる愛憎を生む。
言動に迂闊な余人には計り知れない負の連鎖も、無遠慮に誘う。
アベノミクス総理の今回の中東歴訪は、その迂闊さえ超えた代償と向き合っているが、いまだ国内外の本来的な帰結要件に繋がってはいない。
つまびらかな情報公開を遮断するなら、平和国家の対極だ。
戦後70年を刻むにあたり、急ぎ足で憲法に踏み込む軍靴の響きは、いったいぜんたい、なにゆえか。
国民主権と基本的人権の尊重に並存させてきた平和主義が叶う現憲法の根幹こそ、ワイツゼッカー流の視座の中で永久に育むべき国是ではなかろうか。

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