カープも黒田も、がんばってくれ!

国内ジャーナリストの頂点を極めながら、病魔にからめとられ、黄泉に急ぎ足だった筑紫哲也さんはスマートで内向的なカープ・ファンでした。
彼とは機会に恵まれるたび、荒廃した焦土から立ち上がる広島に野球がカープが、いかほどの貢献を続けて来たかを伝え、いつも笑顔で同感してもらった。
1950年の球団創設時、ジャイアンツから地元出身の白石勝巳をスター選手で迎え、「和製ディマジオ」の名を欲しいままにした小鶴誠もはせ参じさせた草創期。
別当薫を監督に招聘するなどしつつの長い低迷を経て、投打に江夏・山本(浩)・衣笠を擁する赤ヘル軍団に昇華する。
結果、<江夏の21球>に象徴される待望の日本シリーズ初制覇へと結びつく。
そこからがまた、雌伏の歴史を刻みながらの21世紀が続いている。
奇しくも戦後70年目の今夏、ペナントレース半ばでもオトコ黒田の勝利の雄たけびと向き合いたいもの。
<闘志なき者は去れ>をスローガンに掲げた「王シフト」考案の白石イズム、後続が胸を張る出来秋をぜひ見せてほしいな。

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