あえて元旦に~

彼岸から微笑みかけてこられる斯界の枠を超えた方々に思いを馳せさせていただく。
屈指は、筑紫哲也さんに尽きる。
この国のクォリティー・ペーパーを自負の朝日新聞辣腕記者を経てのテレビ・キャスターぶりは、衆目が一致する品格を併せ持つ知性人だった。
舌鋒鋭い同窓の田原総一朗さんの末永い活躍を希い続けていた最晩年は反面、それが叶わぬ自らを襲った病魔への憤怒の証左と、呆れるほど非力な同窓後続の一人としてはそんな無念さにも追慕を禁じ得ない。
占領下と返還後の沖縄を体験的に熟知する一方で、多彩なアメリカ生活が沁み入った体感的な実相把握は、折に触れ大国意識のただならぬ矛盾と深い襞を抉り出し、読み手と視聴者の心を鷲づかみして離そうとしなかった。
彼が幸いにしてか直面・遭遇できなかった東日本大震災や東京電力福島第一原子力発電所関連の今日こんにちまで、それはそのまま逆説的表現が許されるならば、国内最高の語り部を失っていた国民あまねくの不幸であった。もちろん、なにより慙愧の念が迸るのは余人であろうはずのない筑紫哲也その人だ。
愛唱歌が<風か柳か勘太郎さんか~>と甘い歌声で一世を風靡の小畑実の「勘太郎月夜唄」と、知る向きは存外に多くない。
<~葵は枯れる>が歌い継がれる道すがらで、特定秘密保護法制定や武器輸出三原則実質見直しがあるとすれば、平和主義の旗幟を鮮明に掲げ影を慕っていき続けることを公言し止まない。

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