「問う」意味と「答える」意味は・・

場所はもちろんのことテーマ設定の有無次第で悉く移ろうし、例えて単独ないし共同記者会見時のそれでも質量とも「問答」は様相を異にしがちだ。
まして短期間の国外での複数回となれば主張したい論旨の一貫性が疑問視されたり、立ち位置の基盤や資質にまでクレームが波及もする。
ファーストネームで呼び合うらしい、このところの「ドナルドとシンゾー」。
来年の中間選挙が心許無さそうな前者に比べ、自壊の野党に恵まれ「一強」に踏み止まっている我らが後者だが、就任年次の先達としてのプーチン・ロシア大統領や国内で無敵になった習近平・中国主席と同列には語れない。
民度の高さにおいて、いつの世も市井はしたたかな息遣いを避けずに来た現代史が証左してくれる。
ゆえに、「意味」の持つ何たるかにいつも拘る地域ジャーナリストで居続けようと思う。

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