「一身二生」

激動の徳川末期に生まれ近代・明治を見すえた福沢諭吉は「文明論之概略」で、ひとつの身でふたつの人生を体験したと述懐する。
「昭和天皇実録」が公表されるや各メディアは競うかのごとく、望むと望まざるとにかかわらず時代の荒波にたゆたつしかなかった昭和天皇の87年をそう記しはじめた。
ただ、いわば編年体の口伝(くでん)に等しいこの大巻の連なりからも窺い知れない箇所は多すぎる。
たとえて大戦時の非戦への認識・貢献度や敗戦後のマッカーサー元帥との10回を超える会見など等。
現人神が人間宣言にいたる微妙な心模様もまた、市井に周知が欠かせない国際社会注視の公開情報だろう。
皇室と国民の縁(よすが)に値と、伝統に裏打ちのある全国紙は評した。
それなら、「大正天皇実録」の未公開はいかがか。
報道の本質とはなにか、あらためて問われる時代が来た。

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